2016年9月30日金曜日

輾転反側。

なにゆえかわからねども、ゆうべは馬齢堂、眠れませんでした、<コイの病>とは思えねども、夜っぴてテンテンハンソク、ひどく疲れた、ゆえに、こんやの眠りが待ち遠しい。
「試み」はまだ再開していない、いますこし考えるべく……急がば回れ、だ。
元都知事で現役の作家がみずからの<老い>について、弱音を吐いた、との記事をどこかのサイトで読んだ。この方は馬齢堂が所属した雑誌にしげく寄稿した時期があって(芥川賞を受賞された前後のころだが、担当はしなかった)、その生原稿のあまりの<悪筆>ぶりにはびっくりさせられたもので……おたがい、年をとったものです、往事茫茫です。

2016年9月29日木曜日

遠近問題。

きのう、「波」最新号がとどいた、で、いつのまにやら、翻訳ミステリの話題作を紹介する<コラム>がなくなっていて……編集長の交代にともなう連載の打ち切りだったらしく……これまさに、ミステリにかぎらず、翻訳ものの衰退? 時代の趨勢?
「ある軍人伝の試み」、再出発の方向を決めた、めでたし。……なにゆえに、<8章>の書き方にこだわるか、というと、それは北支戦線から抽出されて白茆口の敵前上陸、南京城へと進撃する到一さんの内面を推し量るさいに、馬齢堂の<視点>を地上何メートルに据えるべきか、到一さんとの間合いをどの程度とるべきか、の問題でもあって……近すぎてはみっともないし、遠すぎては馬齢堂が書く意味が失われてしまうだろうし……がきのう、この問題については決心した、きょうあたりからポコアポコで書きはじめるべく……。

2016年9月28日水曜日

キンモクセイ。

朝、窓をあけるとキンモクセイの香りがした、秋だ、さみし。
きのう、おとといと考えたすえに、「試み」の<8章>のすべてを削除して書きなおすこととした、その理由については、恥ずかしいので書きません、ただ、大いなる思い違いをしていたな、とだけ告白しておきます、きょうはその構想を練るべく……。
中央図書館から借りた「支那事変陸軍作戦1」をスタディしていて、到一さんの子牙河遡行作戦についての発見があった、<8章>の書きなおしをしようときめたのも、この発見があったためなり、えっ、なにを見つけたのか、とお訊きになる? それはいま、ここには書けません、ヒ・ミ・ツ、です。というしだいで、きのうの午後、東京の国会図書館に約60ページの遠隔複写をお願いした。届くのは1週間後ぐらいになるでしょう。

2016年9月26日月曜日

「支那事変陸軍作戦1」、その他。

けさも4時に起きた、体はいいけどやや頭に問題あり。
「試み」、きのう書いた分を破棄、きょうは休むべく……。
昼、あざみ野の図書館に「支那事変陸軍作戦1」(防衛庁防衛研修所戦史室)が届いているので受け取りに行ってくる。
さっこん、ipad mini2の電池の減りが早い……困ったことだ。
アマゾンビデオの「the mentalist」がおもしろい、いま、season2の14。
hillaryとtrumpのdebateが楽しみだ。
poke-go、レベルが10、もうすぐ11。

2016年9月25日日曜日

保定包囲作戦。

けさは3時40分に起きてしまった、2度寝から覚めるときの苦痛を知っているがゆえに、定刻の4時までそのまま横になっていた、そして4時ジャストに起き上がるとき、すこし、ふらっとした、が、一過性のものだったようだ、めでたし。
馬齢堂が愛読するサイトの1つは「ニューズウィーク」のオフィシャルサイトだ、で、けさ、ベルギーのマリーケ・フェルフールトというメダリストにかんする記事を読んだ、そして、五体満足で生きていられることの幸運を思った、感謝。
「試み」、きょうから第8章のつづきを書く。戦闘の経過を詳細に追うのではなく、より高い視点から、到一さんがなにを感じておられたかを想像しつつ、白茆口上陸作戦へと繋げるべく……。

2016年9月24日土曜日

ら抜き言葉。

むかし、吉村昭さんがよく、いわゆる<ら抜き言葉>が嫌いだ、とおっしゃっていたものだ。<ら>を抜いて話す編集者を信頼する気になれないんです、と話されたようにも思う。
さっこんの話し言葉で、気になるのが<もらう>である。なんにちか前に、テレビで、20歳代後半の女子があきらかに年長の女子にたいし、<なになにしてもらえれば……>と話しかけているのには馬齢堂、ものすごい違和感をいだいた、なにをえらそうに、と思ったのだ。
この<もらう>について、もう1つ――きょねんの暮れ、某税務署(緑税務署ではない)へ出かけて、不動産売却の税務申告のやり方を尋ねたところ、担当者の男子(30代半ば)がしきりと馬齢堂に、<これこれの書類を添付してもらう……>と言う。それを繰り返し聞いているうち、馬齢堂の顔色が変わっていくのに気づいたのだろう、数分後に、<添付していただく……>に言い換えたものだった。ま、とにかく、日本語をもっとちゃんと勉強しろよ、こらッ、ということなり。
「ある軍人伝の試み」の<第8章>は到一さんの塘沽上陸から大連出港にいたる経緯を書くつもりで……そのかんに、到一さんが直面した戦争のあらましは頭にはいっていて、それを裏づける資料も万全なれど……調べてわかったこと、知っていることをすべて書きゃあいい、ってなものではない……ということで、きょうも終日、考えることといたします。

2016年9月22日木曜日

秋季皇霊祭。

きのう、アジア歴史資料センターで、第16師団の作戦記録を渉猟するうち、到一さんの私信を発見した、それは南京戦の前段の<子牙河遡行作戦>を戦った前後の到一さんの心境を知るうえで重要な資料となるはずで……到一さんが、おい、ノブオくん、ほら、こっちだよ、これも読んでくれたまえ、との導きがあったような気がして……。
きょうもひきつづき、第8章の先へ進むための準備をするべく。
「hitler」、ゆうべlocation2236の13パーセント、それまで一介の伍長にすぎなかったhitlerが1920年、ミュンヘンのfestsaal of the hofbauhausのbeer tableの上に立つ花形スピーカーに突然変異して、<germans should be ready to enter into a pact with the devil to eradicate the evil of jewry>と叫んでいる。
9月にはいって、わが家の<旅人>が旅にしあるあいだ、息をはじめ関係各位へ、ほら、元気ですよ、の無事生存報告をかねて、このブログを切らさぬように努めてきたのだったが、あした以降は不定期になるかな、と……。