2017年5月25日木曜日

レニングラード・フィルハーモニー。

某社に入社して翌年の昭和33年年4月28日に、馬齢堂は新宿のコマ劇場でレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聴いていて……そのときご一緒したのは、山本周五郎さんの次女のYさんで……たしか、その数日まえに、山本さんがごく控えめな口調で馬齢堂に、どうだいノブちゃん、レニングラードの切符が2枚あるのだけど、Yと行ってみないか、と言われた、のだと思う……がその前後の経緯と、コマ劇場でなにを聴いたのかはすべて忘却のかなたで……。
退職して数年後だったと思うが、週に1度ぐらいの頻度で亡父の顔を見に行っていたころ、お父さん、死ぬのが恐い? と訊いたことがあって……そのとき亡父は数瞬かんがえてから、笑いながら、恐いことなんかあるもんか、と言ったあと、そういえばさいきん、おかあさん(亡母のこと)の夢はまるで見なくなったな、とも……往事茫茫である。
「試み」、考えている、きょうは少し先へ進めそうだ、めでたし。
「the wind-up bird……」、ゆうべ309ページ、オカルトテイストの流れになっている。

2017年5月24日水曜日

5月。

はるかなむかし、某中間小説雑誌(これ、死語ですな)の巻頭ページに、井上靖さんに詩を書いていただいて掲載したことがあって……それはたった7、8行の短い詩で、タイトルは「五月」……井上さんのお嬢さんの生まれ月である5月を爽やかで美しい、と讃える内容だったのを憶えていて……この馬齢堂の生まれた月でもあるその5月がはや24日、おいおい、もう24日かよ、早すぎるぞ、もっと遅く過ぎなされい、と訴えたくなるさっこんであって……。
そんなわけで、きょうもがんばっている、「試み」のキモの部分である5章の書きなおしをやっている。
「the wind-up bird chronicle」、ゆうべ277ページまで読んだ、ほぼ2分の1弱を読んだことになって……mr.murakamiの小説の主人公はとかく<穴>にはいりたがる男であるらしく、名前と場面と情況をほんのすこし変えるだけで、そっくりそのまま、「騎士団長殺し」のなかに組み込めるようなパラグラフのあったのには馬齢堂、じゃっかん、驚きました。
馬齢堂にとってのいま最大の問題はやはり、目、だな、と……現有の老眼鏡をもってしても、旧8ポの活字が読づらいというか読めなくなっていて、こまったなぁ、と……。

2017年5月21日日曜日

destiny。

ゆうべはさんざんだった、眠れなかった、それはまるでコイをする青年のごとくに輾転反側、いやいや大変だった、けど、大丈夫だ。
「ある軍人伝の試み」、締めている、端正な造りになったと自賛しきりなれど、残りがまだ3分の2ぐらいあって前途遼遠だが、すこしずつ、あせらずにやっている。
おととい、「新潮45」の最新号がとどいた、ありがとうございました。特集は<私の寿命と人生>で、読者の顔がみえるようで……。
きのうのわが歩数はわずか1814歩で、そのまえは2747歩……老いたゆえに、こんなていどの散歩歩数で良しとするべく……。
「the wind-up ……」、きのう170ページまで読んだ、拷問のシーンが痛くて、痛くて……そしてそのすこしまえの<but a person's destiny is something you look back at after it's past, not something you see in advance.>であるらしく、なるほどな、と感じいりつつ……。

2017年5月19日金曜日

浮気性。

定刻に起きた、馬齢堂は起きる瞬間を<老いと死>とのせめぎあい、ある意味、壮絶なる戦い!!、とみなしていて……いつまで勝ちつづけられるか、はわからないけど、ま、当分はがんばるべく……。
「the wind-up bird chronicle」、ゆうべ119ページまで読んだ、すらすら読める英語がとてもここちいい、のだが、それはともかく、登場人物のひとりで“悪役”(?)の、<noboru wataya>が安西水丸さんの本名を連想してならず……。
ian mcewanの新作「nutshell」がちかぢか出るらしく、けさ、そのpaperback版を予約注文した、楽しみだ……ようするに、紙の本に回帰したらしく、うつりぎで浮気性の馬齢堂、ということなり。

2017年5月17日水曜日

代用食。

昭和23年の晩夏に、疎開先の佐分利村から横浜に帰って、市立蒔田中学校に転入したころのこと……級友たちの足がみな、枯れ木の小枝のように細いのにはおどろいたもので……食糧事情が悪かったせいである。馬齢堂もみなと同じく、主食がわりにかぼちゃやサツマイモの蔓などの代用食を食べて育ったのだけど、足だけは太く、頑丈だったのだ。
なぜ、そうなったか、というと、それはひとえに、佐分利にいるあいだによく歩いたからだ。子どもの足で石山の集落から若狭本郷の駅まで2時間はかかる片道8キロをなんど往復したことか。福谷の山を越えて若狭高浜へもよく遊びにいったものだ。――それから70年が過ぎて83歳になってしまった馬齢堂、たとえば、某循環器クリニックで、小さな踏み段を昇り降りする負荷心電図の検査をするときになど、ドクターや看護師からしつこいくらいに、ササキさん、足は上がりますか、と訊かれるのである。そのたびに、大丈夫ですよ、上がります、と答えつつも、内心、そうか、男子80を過ぎると、足が上がらなくなるのか、と呟きつつ、人それぞれの運不運について考えさせられる昨今であって……。

2017年5月14日日曜日

編集者生命。

けさは3時45分に起きた、ひさしぶりに途中起床のないほぼ7時間熟睡だったので体調はばんぜん、あたまのなかはややアヤシい。
しらじらあけの薄暗い部屋でベッドをととのえているうち、ふいとむかし、ふだんあまりお付き合いのない某作家(現存の方です)から編集部の馬齢堂に電話をかけてきて……その方はなにやらしきりに怒っていて(その内容は忘れました)、なれど馬齢堂にとって、それは身に覚えのないこと……えんえんと怒られているうちに激しい<口論>となって、あげくのはてには、その作家から<あんたの編集者生命を断つこともできるんだぞ>という意味のことを言われる始末で……アッタマにきた馬齢堂、できるものなら、どうぞ、そうなさってください、と応じたことを思いだした、いやいや往事茫茫だ、いまとなればひどく懐かしい……その方はまだご健在で、健筆をふるっておられるらしい、どうぞ、長生きをなさってください、当方もがんばります。
きょうは「試み」第2章の書きなおしと、「天皇の軍隊と南京事件」(吉田裕/青木書店)を読みながら最終章の書き方を考えることにしている……そして、リベラル派作家として名高いharuki murakami氏が、暴力について、はたまたノモンハン事件についてどう書いておられるのかに興味があるため、さっき、「the wind-up bird chronicle」のペーパーバック版を注文した。というしだいで、ほんじつもつつがなく、そこそこの仕事ができますよう祈りつつ……。

2017年5月13日土曜日

レストラン「かをり」

けっきょく、「試み」、1章、2章の書きなおしをやっている、素人が嘘ばかり書いて、など言われるのを恐れるあまりに馬齢堂、やや、資料依存になったかなぁ、の反省のゆえなり……ま、少しずつ……ぼちぼちと。
株だが、国税・地方税・健保料・介護保険料をいまより多く払うはシャクなるがゆえに、このまま売らずに持っていることにした、がはたして、これ、正解か不正解か、はてさて……。
伊勢佐木町2丁目あたりの路地を市電の長者町5丁目の停留所方向へ少しはいったところに、むかし、「かをり」というレストランがあって……その店で、山本周五郎さんとよくコーヒーを飲んだ時期があった……小さなカップにはいったミルクを静かに入れると、コーヒー本体と混ざらずに白く浮かんで、コーヒーの苦みと仄甘いミルクをべつべつに味わうのが馬齢堂、とても好きだった。……そんな若き日の馬齢堂を観察していたらしい山本さんは、ある昼下がりの酒の席で、同席したモンマさんとキムラさんに、ノブちゃんはね、ミルクをコーヒーに浮かせる術を持ってるんだぜ、と感に堪えたようにおっしゃったことがあって……えっ、術? と一瞬、茫然とする馬齢堂、そして、なにがそんなに、と顔を見合わせて戸惑うモンマさんとキムラさん……これは「虚空遍歴」を連載していたころの<小事件>であって……往事茫茫だ。